No 9
年輪年代と泉州の重要遺跡
建物郡の遺構
上の写真は池上曽根遺跡で、いずみの高殿以外に方位を整然と合わせた建物群4棟が、見つかった遺構で、漢書地理誌によると、倭が百余国に分かれていた頃の時代の物です。
復元した建物 いずみの高殿
上の井戸は池上曽根遺跡の刳り貫き井戸で外形2.3mの楠の大木で出来ています。
左は宇治市街遺跡で見つかったヒノキ材、年輪年代測定法で西暦389年と判り同時に出土した須恵器も土器編年による相対年よりも、50年は遡るのが判った。
桜井市の勝山古墳の周濠からは西暦200年前半の木製品が見つかっており、日本の古代史に50.年〜150年のずれが有るのが判明した。年輪は絶対年ですが、昔に切った木を再利用した時が困るのです。
年輪年代法で紀元前52年に伐採されたと判る柱根(手前左から2本目の柱)が出土し、日本の古代史に150年のずれが有るのが判明した。
上は岸和田市池尻町の風吹山古墳から出土したです。「消し象嵌」が施されている鉄製素環頭太刀の環頭部で、象嵌入りの太刀では日本では3番目に古く消し象嵌では初と言う太刀です。
No 10
柱根の断面図
上の古墳は前期古墳で大阪府最大の岸和田市に在る摩湯山古墳です。
上の地図は摩湯山古墳近辺で、至山直は至るヤマダイと読みます。そんなに無い地名ヤマダイをを濁音・促音の少ない漢民族はヤマタイと間違ったのでは?
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