No 5
邪馬台国への道
黄金塚古墳
景初4年製の卑弥呼の鏡
子の無い明帝が、景初3年に死亡する前に、燕王宇に後事を託そうとするが、反対派に4日で解任され、8歳の養子廃帝が後を継ぐが、日本の武田信玄が死んだ時のように死を隠したと思われる。国情が不安定なので、正始と改まった事が他国に知らされてなかったからの間違いが起こったと思われる。鏡を作った人は景初4年を作ったのでしょう。泰始は7年しか無いのに、泰始9年の年号入りの鏡も在るのです。
京都府弥生町の太田南5号墳から出土した青龍3年(西暦235年)銘入りの
方格規短四神鏡
宮崎県の持田古墳群から出土した景初4年(西暦240年)銘入りの
三角縁盤龍鏡
大阪府和泉市の
黄金塚古墳から出土した景初3年(西暦239年)銘入りの
画文帯四神四獣鏡
上の写真は景初3年製の銅鏡が出て来た和泉市に在る黄金塚古墳です。邪馬台国から魏朝の洛陽に行く道筋から離れた場所から出て来た古墳で、倭国をい代表して洛陽へ行った有力豪族の一人と考えられ、国の名前が判らないから出身地の山直
(ヤマダイ)と言った人と思われます。
京都府福知山市の広15号古墳から出土した景初4年(西暦240年)銘入りの
三角縁盤龍鏡
No 6
大阪府高槻市の安満宮山古墳から出土した青龍3年(西暦235年)銘入りの
方格規短四神鏡
兵庫県豊岡市の森尾古墳から出土した正始元年(西暦240年)銘入りの
三角縁盤龍鏡  他に
群馬県柴崎古墳山口県竹島古墳
島根県加茂町の神原神社古墳から出土した景初3年(西暦239年)銘入りの
三角縁神獣鏡
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